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強烈に漂う、生きるにおい

2009/05/31


(今回のエントリーから、通常通りに戻ります)
あれ? ここは本当にあのカルカッタ?
道に落ちているゴミの量はインド一、往来する人や車の数も尋常ではなく、怒鳴り声とクラクションで四六時中騒々しい通りを歩けば、待ってましたとばかりに群がってくるしつこい客引きや物乞いたち。
かつてカルカッタと呼ばれていたコルカタにまつわる話にはろくなものがなく、ここを通過しておけばインドのどこへ行っても大丈夫、と言われるほどに強烈なイメージを抱かせるこの街は、連日40度近い暑さが続いていると天気予報が伝えていた。
これは相当気を引き締めていかないと、と意気込んで降り立ってみたら、おや、暑くもなければ人もさほど多くはない。
肩すかしを食った気分だけど、正直なところ、内心ホッとした。


チェンナイから電車に揺られること27時間半。
体がずっと冷房にさらされていたから感覚が麻痺して暑さを感じないのかと思ったら、ちょうど天気が下り坂なのが幸いして涼しかったようだ。
1歩駅を出ると、何人ものタクシードライバーが体をこすりつけるようにしてやってきては「タクシー? タクシー?」としつこく言い寄ってくるのにはまいったが、バスに乗って安宿の集まるサダルストリートへ来てみたら、日曜日のせいか大半のお店が閉まっていて意外に静か。
それでも見たことのあるブランド名が刻まれた怪しげな洋服や電化製品を売る露店からは、威勢のいい声が聞こえてくる。
コルカタ本来の姿は明日以降のお楽しみとして、洗練されたブックショップやカフェ、レストランの集まるパークストリートまで散歩に出かけてみる。
翌朝に見た街は、なるほどこれが噂の、と思わずにはいられない雑多ぶり。
頭にとてつもなく大きな荷物を載せて歩く人の脇を客を乗せた人力車が走り、遅くて邪魔だと言わんばかりにリヤカーを付けた自転車がベルを鳴らし、そのわずかな隙を狙って歩行者が通る。
すると背後から容赦ないクラクションの音が聞こえてきて脇に避けると、我が物顔で走り去ろうとするタクシーや自家用車。
秩序も何もあったもんじゃないが、どういうわけか事故も起こさずにちゃんと通行していることに感心する。
ゴミも確かに街の至るところで見かけるが、それはインドのほかの街でもよく目にする光景だし、特別コルカタが汚いということでもなさそうだ。

それよりこのエキサイティングな交通事情を体感し、もっとさまざまな街の表情を見たくなって、用事ついでにトラム(市電)に乗ってみようと思い立つ。
乗り場かな、と思うところで待てども待てどもトラムは一向に来る気配がないが、バスは何本も数珠つなぎでやってきてはたくさんの乗客を吐き出したり乗せたりしては過ぎていく。
駆け込み乗車も日常茶飯事で、走り出したバスに器用に飛び乗る人も多い。


ようやくトラムが来た、と思っても行き先違いで乗れず、一旦乗車は諦めて先に用事を済ませようと歩き出す。

帰り道、ぶらぶら歩いていたらひときわにぎやかな通りに遭遇。
この活気、今朝見た光景の比ではないぞ、と面白そうだったのでちょっと寄り道することに。
ところが、邪魔にならないように歩いているつもりでもどんどん人がぶつかってくるし、うっかりしていると車に轢かれそうになる。
人と車の密集度はお祭りさながらの大混雑で決して居心地がいいとは言えないが、あてもなく歩いているだけなのに気分が高揚して妙にわくわくする。

ひと通り見終えたところで、あ、トラムだ!
帰る方向に進んでいるようなので、乗り場でもないのにゆっくり走行を続けるトラムに駆け足で飛び乗る。
さっきから歩道を歩く人と同じスピードを保ったままスピードを上げることのないトラムがいずれ廃止されるという話があるが、こんな調子では必然の成り行きだろう。
ただ、交通手段としては頼りなくても、街を観察するのにこれほどぴったりな乗り物はない。
だって、写真を撮りたいと思ってからカメラを構えてシャッターを押す余裕が持てるなんて、こののろのろだからこそ可能なんだもの。

次の日もあちこち歩き回って、夕方やってきたのはカーリーガート。

ここにはコルカタの地名の由来ともなったおどろおどろしい女神、カーリーを奉った寺院と、マザーテレサによって設立された死を待つ人の家があり、それを取り囲むようにして道に座り込んでいる人があちこちにいる。
とくに車の進入ができない歩行者天国ではその数も多く、通行人をじっと見つめていたり、右手を差し伸べてきたりする。

ただこんな人たちのあいだを通り過ぎるだけでもものすごく体力を使ったような気になるのは、生きるのに必死なっている姿を目の当たりにし、そのすさまじいパワーに圧倒されるからだろうか。
息をするのと同じぐらい生きることに特別な関心を払っていない我々にとって、インドは強烈に生を意識させるし、普段なら考えないようなことを思い巡らすきっかけをくれる。
面倒くさいこともうっとうしいこともたくさんあるけれど、楽しかった、素晴らしかっただけでは終わらないところが、インドにどっぷりはまってしまう理由なのかもしれない。
とりわけコルカタはほかの街に比べて考えさせられる瞬間が多く、見たいものも見たくないものも、あらゆるものがたっぷり詰まっている。
ツーリストとして訪れる分には飽きることなく楽しめるけれど、この街にもっとどっぷり浸かるなら、相当タフに生きることに向き合わなければやっていけないのではないかと思う。
コルカタを発つ日、電車の時間まで少し余裕があるのでハウラー橋のふもとにある花市場へ最後のお出かけ。
すれ違う人とぶつかりそうになりながら歩道橋を上ると、眼下には色とりどりのお供え用の花と、その中を忙しそうに行き交う人の群れ。
下まで降りてその群れに加わって見物をする。
売買のやり取りは真剣そのもので、あっちからもこっちからもけんか口調でまくし立てる声が聞こえてくる。
その様子に気を取られていると、荷運びをする人から「どけ!」と怒鳴られる。
皆汗をぬぐいながら、必死の形相だ。
やっぱりここにも同じ、生きるにおいみたいなものが充満している。

コルカタを通過しておけばインドのどこへ行っても大丈夫。
その話にびくついていたことに、今となっては苦笑してしまう。
だって、コルカタほどインドらしいたくましさに満ちたエキサイティングな街は、ほかにないのだから。




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2009.5.20 コルカタ / Kolkata

Join the discussion 4 Comments

  • ガク より:

    コルカタ懐かしかったです。
    本当にインドを象徴する都市で、カオスという言葉が似合うところだね。
    僕が行ったのは10年以上前だけど、気のせいかきれいになったような気もします。
    もしかしたらインド人も少し環境に目覚めたのかなぁ?

  • Ryo より:

    焼きそば!!
    僕も10年以上前組だけど、当時もなぜかカルカッタは焼きそばの街だったよ。
    それにしても魅力的な街だね。

  • Korino より:

    生きる力が漲るカルカッタ。
    グラフィッティで、想像力創造力も溢れてきますよね。
    ブリアーニは食べたかな?
    やわらかーいインド牛。
    あれが一番のご馳走だったなあ。

  • かな子 より:

    ■ガクさん
    目覚めてくれるといいんだけどね。
    あのゴミを平気でポイポイするのを一斉にやめれば、かなりキレイになると思うんだけど。
    家の中とか自分の周りがキレイなら気にならないから、難しいのかな。
    ■Ryoさん
    そうそう、不思議と焼きそば屋台が多かった。
    いろいろと食べたいものが多くて、焼きそばは1回しか食べられなかったけど、コルカタはムンバイに負けず劣らず食の欲求を満足させてくれる街だよね。
    また行きたいよ。
    ■korinoさん
    インド人のたくましさ、今あるものをなんとか活用しようという創造力は、本当に感嘆の一言ですね。
    ま、使い方に若干問題がある場合が多いのですけど(笑)。
    ブリアーニって、炊き込みご飯のようなもののことでしょうか。
    それであれば、コルカタでは食べられなかったのですが、ほかの街で何度か食べました。いいですよねぇ。