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山の中にあるシッキム州。
観光ポイントの多くは山の峰にあり、移動するときはいったん谷へ下り、今度は上って次の峰、さらにその先の峰を目指して、という具合にアップダウンの激しい移動が続く。
カーブが多くて道路はがたがただから、車に乗っているだけでも体勢をキープしなければいけないから大変。
ただ、車窓は絶景の連続だ。
これでゆったり景色を楽しめれば最高だけど、窮屈な定員オーバーのジープではそれもなかなか難しい。
一気に駆け抜ける理由もないのだから小さな村でゆっくり景色に浸るのもいいだろうと、やってきたのがラヴァングラ。


先日訪れたペリンと、シッキムの州都ガントクの中間地点にあるラヴァングラは、周囲を山々に囲まれ、その上から雪山が顔を覗かせるというマウンテンビューが楽しめる街。
ペリンを出発した朝にはあいにくの曇り空だったが、そんないまいちな天気でもやはり移動中の景色は素晴らしい。
上ったり下りたりを繰り返して、2時間ほどで到着すると……。
小雨が降って肌寒く、うっすら霧に覆われた街には活気があまり感じられない。
こんな天気では無理もないけれど、ちょっぴり寂しい第一印象のせいで何のためにここに寄ったんだっけと思っててしまう。

宿にいても景色が見えないのではどうしようもないし、せっかく来たのだからレインジャケットを羽織って街へと繰り出す。
ちょうど市が開かれていて、野菜や果物を売る露店には見たことのないいがいがの野菜や、丸っこい形をしたとうがらしが大量にカゴに入っている。

店番のおばさんに質問したり写真を撮ったりしたら、さて、もうやることはなくなってしまった。
商店街を歩いてみても、ものの15分でひと通り見終えた。
うーん、天気に左右されるこの時期には、無用な寄り道などせずにまっすぐガントクまで行ってしまったほうがよかったのだろうか。

なんとなく、上を目指して歩けば少しは時間つぶしになるかもと思い、商店街を抜けて坂の上へと続く住宅地のあたりをほっつき歩く。
小さなヒンズー寺院を見つけたが、別に面白いということもない。
その後もあてもなくふらふらしていたら、遠くから太鼓の音が。
耳を澄ますとかすかにチベットホルンの音色も聞こえる。
もしかしたらチベット僧院が近くにあって、読経の最中かもと思い、音のするほうへ向かってみる。
僧院らしきものは見当たらないが、確かにこの民家っぽいところから音がする。
ひとり分のスペースしかない階段は万人を受け入れるという感じからはほど遠いが、ひっそりと運営しているのかもしれないからと下りてみるが、音が聞こえるのはどうも上の階からのようで、とくに入口らしきものも見当たらない。
やっぱり僧院ではなかったのかな、と振り返って戻ろうとすると、そこには困惑顔の少女が立っていて何か言いたげな表情。
勝手に入ってきてはいけなかったんだと悟り、ごめんなさい、音が聞こえたからつい入ってしまって、と言い訳をしながら足早に立ち去ろうとする。
そのとき、上からこのやりとりを見ていたらしい女性が少女と一言二言会話を交わしたら、その少女が「Come!」と言ってドアを開け、家の中へと案内してくれる。
大丈夫かな、と思いつつ入って中の階段を上ると、とある1室で4人の僧侶がホルンや太鼓を片手に読経している。
ここが音の正体か、しかし不思議な場所に僧院をつくったものだ、としばらく見ていたら、先ほどの女性からキッチンに来ない? とのお誘いを受け、さらに上へと階段を進む。
歩きながら「どこから来たの?」との質問に日本と答えると、続けて「私たちは仏教徒なのよ」と教えてくれる。
キッチンに着くと突然の珍客訪問にもかかわらず、家族全員に笑顔で歓迎される。
さあテーブルへ、と誘われて着席するなり、お茶でもいかが? ということでありがたくいただくことに。
「Salt or sugar?」と聞かれて、塩入りってどんなだろうと興味が湧いたのでそれをお願いする。
塩風味のチャイがマグカップにたっぷり入れられて、どうぞ、と目の前に出される。
おそるおそるすすると、懸念していたミスマッチ感はまったくなく、むしろあっさりしていておいしい。
ほかにもシッキムの伝統菓子というカブジェとサユーがテーブルに置かれる。
カブジェは甘さ控えめ、歯ごたえのあるパイといったお菓子で、どこか懐かしい味。
サユーは甘くないポン菓子で、薄味のせんべいのよう。
ちょっとつまむだけ、と思っていたのに、おいしくてなかなか手が止められない。

さっき見た下の部屋が僧院かを尋ねるとそうではなく、僧侶に来てもらってお祈りを捧げていて、今日は2日目だという。
どうやら年に一度僧侶を呼び、家族の健康を願って4日間、祈り続けてもらうそうだ。
帰りに再度お祈りをしている部屋に寄らせてもらうと、中には立派な祭壇があり、たくさんのお供え物があり、その豪華さと準備に要する手間を考えてはあーっと大きなため息を漏らしてしまう。
あまり見る機会のない普通の暮らしを覗かせてもらえたというこのステキな縁に、心からお礼を言ってこの家を後にした。


街外れまで来ると、まだ曇ってはいるものの遠くまで見渡せるところに出くわす。
翌朝晴れていればいい景色が見られるかもと思い、予行演習のつもりで山のほうを向いて何枚か写真を撮る。
すると、近くにいた子供たちがハロー、と声を掛けてきた。
何かを欲しがって、というのではなく、単に珍しい外国人の姿を面白がっているようだったので、こちらも笑顔でハローと返す。

ダージリンやペリンでは、見知らぬ人に声を掛けられることがほとんどなく、それはそれで物寂しかった。
けれど、インドのほかの都市では放っておいて欲しくても、しつこく寄ってこられて辟易する。
わがままかもしれないけれど、ちょうどいい距離感で接してくれる街に出会うと、それだけで大好きになってしまう。
ラヴァングラは小さな青い街ブーンディー以来の、地元の人との交流に幸せを感じる場所になった。

先ほどの子供たちの写真を撮って見せてあげると、それはもう顔をくしゃくしゃにして喜ぶ大はしゃぎぶり。
その様子を見ているのがまた楽しくて、何枚も何枚も撮ってしまう。
名残惜しく手を振って別れ、宿への道をゆっくり戻る。
前方には、アルプス一万尺のような遊びをしている別の子供たち。
こっそりムービーを撮っていたら、それに気づいてキャーキャー騒いで笑い転げて、大興奮。
その後も写真やらムービーやらを撮って見せてを繰り返し、その度にどっと笑いが起きてヒーヒー言う子供たちがおかしくてかわいくてたまらない。

こんなときにデジカメって本当にいいな、と思う。
撮った画像を見せると、誰もが喜ぶ。
言葉はなくても、笑顔でコミュニケーションがとれる。
距離がぐっと近くなる。

ラヴァングラには景色を期待して来たのに、こんなにも素晴らしい人との出会いが続いたことに満足しながら、眠りについた。
次の日、6時に起きてみると、今までにないぐらいの快晴。
前日のロケハンが役に立つぞ、と思って急ぎ足で向かう途中、水を飲むために立ち止まる。
ふと横に目をやると、遠くに雪山がくっきりと。

ここからはカンチェンジュンガは見えないのだけど、美しい山並みと、それ以上に美しい心を持つ人たちとのひとときのおかげで、とても深く心に残る街になりそうだ。


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2009.5.31 ラヴァングラ / Ravangla

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