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ダージリンは紅茶とトイトレイン以外に、ヒマラヤの山々を眺めるのにもってこいの街である。
インド最高峰にして世界第3位の高さを誇るカンチェンジュンガをはじめ、大小さまざまの雪山が、周囲に広がる豊かな緑の向こうに見える贅沢なシチュエーションは、想像しただけで気分が盛り上がる。
しかし、それは雨の少ない、空気の澄んだ時期の話。
これだけ降ったり止んだりを繰り返す雨季到来間近の5月には、山が見えること自体珍しいのだそう。
それでももしかしたらの期待を胸に早朝4時、ジープに乗り込む。
向かうは10km程離れたところにある、ヒマラヤから昇る朝日を見られる大人気スポット、タイガーヒル。
観光シーズンならではのジープ渋滞やタイヤ交換のハプニングのせいで、到着したのはすっかり明るくなってからだったけれど、確かに雲間からカンチェンジュンガと周りに並ぶ山々が堂々とした姿を披露してくれた。

圧倒的な存在感に感嘆のため息を漏らすが、一瞬でいいから雲がどこかにいってくれないかしらという都合のよい望みまでは叶わず、全貌を見るには至らなかった。
時期的に難しいのは承知の上だが、どうにかしてもっとちゃんと見たい、と思うのもまた事実。
だったら行くしかないだろう、カンチェンジュンガを拝むのには絶好の街、お隣シッキム州にあるペリンへ。


ペリンのあるシッキム州に行くには、入域許可証が必要となる。
なのでダージリン滞在中に手続きを済ませて入手し、あとは天気のよいときを見計らって移動すればばっちり、と思っていたらあのサイクロン、だ。
結局豪雨だ、道が閉鎖だで出ることができず、ダージリンを発とうと決めてから4日後、ようやく途中の街ジョレタンを経由してペリンにやってくることができた。
部屋からはほんの一部しか見られないが、屋上レストランのテラスからカンチェンジュンガを一望できる宿にチェックイン。
正面に生えている木がちょっと気になるけど、見えるのはもっと高い位置だから大丈夫、とはスタッフの弁。
そのまま雑談に突入すると、昨日はきれいに山が見えたそうだ。
「明日はどう?」とすかさず聞くと、やれやれといった表情を浮かべながらたぶんね、と答える。
ころころ変わる山の天気は、ここに長く暮らす彼であっても正確に言い当てることはできないだろうに、見たい気持ちが抑えられずについそんなナンセンスな質問をしてしまった。
到着したのが夕方になってからだったので、山々との対面は明日の朝までおあずけかな、と思っていたのに、散歩がてら坂道を上り切ったところにあるグラウンドまで来てみると、雪に身を包んだ山肌の一部がちらりと見える。
あぁ、やはり美しい。明日の朝はどうか、晴れますように……。

5時に起床。外はもう明るいが、山はまったく見えない。
5時半。相変わらず、雲に隠れたまま。
6時。とくに変化なし。
眠気には勝てず、ここで力尽きて布団に戻って夢の中。
今日は見えないんだ、きっと……。
7時過ぎにふと目を覚まし、なんとはなしに窓の外に目をやると、あ、見えてる!
急いで起きてレストランへ向かう。もちろん、テラスのテーブルへ直行だ。
完全な姿のカンチェンジュンガではないものの、タイガーヒルから眺めたときより近くて迫力がある。
なにより、朝食をとりながら座って見られるのがありがたいから、いつもよりゆっくりとした朝の時間を過ごす。

さて、山との対面を終えたら、今日はほかに何をしよう。
この街にはホテルは驚くほどたくさんあるけれど、これといった見どころがない。
そう言えば、今朝テラスでいっしょに山を眺めていたオーストラリア人の女の子が、ケチェオパリ湖の近くに宿をとっていて、とても素晴らしいところだと言っていたな。
ダージリンでお世話になった宿のご主人もよかった、と話していたっけ。
確か20kmほどの距離だから乗合ジープに揺られて日帰りで行ってこようかな、と思っていたら、ケチェオパリ行きは本数が1日2本だけで、なおかつ今日はもう乗れないそうだ。
すっかり気分はケチェオパリに向いてしまったので、乗合ジープがだめなら旅行代理店の力を借りるしかない。
いくつか聞いて回ったのち、お手頃価格で、かつ湖のほかに3つのポイントに寄っていく内容を提示してきたところで即決、即出発となった。
標高2083mのペリンを出ると、連続するヘアピンカーブで感じる遠心力に耐えながらひたすら下へと進む。
ある程度のところまで下りると、車窓いっぱいに広がる緑を楽しみながらの快適な山道ドライブ。
ダージリン以降、ただの移動であっても天気がよければ素晴らしい景色がもれなくついてくるから、それだけで観光している気分になれるのがうれしい。

窓の外に見とれていると、滝の前で車が停まる。
すでに数組のインド人がにぎやかに戯れているリンビ滝は、日本にあってもなんら違和感のない佇まい。
ただし、脇にバナナの木が生えていなければ、だけど。
滝壺の水はとても澄んでいて、ひんやりと気持ちがいい。
インドの観光名所にはつきもののゴミがまったく落ちていないことも、すがすがしく感じる理由のひとつかもしれない。

リンビ滝からそう遠くはない場所にある2つ目のポイント、ロックガーデン。
入園料を払うほどの設備はこれといってないものの、すぐ目の前を流れる河の清流がここの目玉。
ソーダのような淡い色をした流れの中に点在する岩に腰掛けて足を浸せば、しゃきっと一瞬で目覚める冷たさが待っていた。
もっとあたたかかったらここで泳ぎたいという気にさせる、天然の流れるプールを堪能したら、ジープに戻って今度は上り道を行く。

一列に並んだジープの大群が見えたところが、カンチェンジュンガ滝の入口。
狭い階段の脇には飲み物やお菓子を売るスタンドがへばりついて、さらに通りの幅を狭くしている。
そこを人にぶつかりながら上りきった先に現れたのは、リンビ滝よりもっと勢いのある豪快な水流。
細かい水しぶきが体を覆ってほんのり湿り気を帯びるのが、また心地よい。
ごうごう音を立てて流れ落ちる滝の前でさっきからポーズをきめているインド人は、頭も洋服もびしょびしょになっているけれど楽しそう。

そんな微笑ましい光景を見て涼んだら、最後のとっておき、ケチェオパリ湖へ。
CATCH-A-PERRYと発音する、というロンリープラネットの面白い一文についくすっとしてしまうケチェオパリ湖は、シッキムの仏教徒にとっての聖なる場所。
本日の出発前に見た写真には、湖の周りを取り囲むように旗が立っていて、どこか神秘的な匂いを感じさせる姿が映っていた。
誰もいない時間を見計らって静かな湖をひとりじめできれば最高だろうけど、あれもこれも、と欲張っていたらきりがない。
駐車場で待っているから、とドライバーに告げられて車を降りると、分別を謳うゴミ箱を発見。
シッキム州はインドで最も環境保護に熱心に取り組んでおり、街にはいくつものゴミ箱が設置され、それがちゃんと機能している。
たとえゴミ箱があっても使われることなく肝心のゴミはポイ捨て、というほかの街に比べたら、明らかに道ばたに落ちているゴミが少ない。
分別なんて夢のまた夢といった街が大半な中でシッキムは1歩進んでいるなあ、と感心する。


湖へ向かう道を入ってすぐのところにあった巨大なマニ車をゆっくり回してお祈りしたら、森の小道をてくてくと。
ハンドペイントの注意書きやチベット語が彫られた岩を通り過ぎ、木々のあいだからたくさんの旗が見え隠れしたらもうすぐだ。

湖岸へ通じる、竹のカーペット。
ずらりと並ぶ、色鮮やかなマニ車。
そして、風にはためく祈りの旗。

記念写真の撮影に余念のないインド人観光客の波が途切れると、想像していた通りの静寂が訪れる。
ケチェオパリ湖は湖の眺めを、というより、この穏やかな時間を楽しむための場所、だった。

快晴の空の下とはいかなかったが、短い時間で山も滝も湖もと、ずいぶんフルコースな内容を満喫した。
でもせかせかと忙しい感じがこれっぽっちもしなかったのは、ペリンにもまた穏やかな時間が流れていたからかな。


大きな地図で見る
2009.5.30 ペリン / Pelling

Join the discussion 4 Comments

  • ポンチのお父さん より:

    澄・加奈子ご両人様
    ヒマラヤを眺めたなんてほんとにうらやましいです。
    食べ物はどうしていますか。やはり朝・昼・晩カレーですか?
    今、私も朝・昼・晩汗を流しながら辛い料理を食べ続けています。滞在している場所は韓国の釜山ですがイイダコの鍋焼きを食べた後にチャーハン風の料理を食べましたが、辛くて半分は残してしまいました。是非とも帰国後にそちらのたべものを料理してください。このところタイ・韓国などで色々な調味料を買ってきていますが私の料理の腕前が今ひとつで評判は良くありません。

  • ガク より:

    カンチェンジュンガの写真、旅に餓えている自分にとってはかなり酷ですね!
    しかもチベット色いっぱい、これは更に追い打ち!
    なんか旅音夫婦の写真とレポートを見ていると当分いいはずだったインドの順位が急上昇だよ。
    でも時間がかかるからなぁ・・・。

  • ちゃき より:

    先日発売されたTRANSITがヒマラヤ特集。
    熟読して、旅音この辺にいるんだー!!!って思ってたらこのブログ!
    オンタイム過ぎ!
    ううう、羨ましい・・・・・

  • かな子 より:

    ■ポンチのお父さん
    さすがに3食連続でカレーは、ちょっと……(笑)。
    また、シッキム州のあたりはカレーよりチベット料理をよく見かけます。
    蒸し餃子のようなモモや、汁麺のトゥクパ、ほうとうのようなテントゥクなど、どれもなかなかおいしいです。
    タイや韓国は、おいしいもの天国なのでうらやましいです。
    でも、辛いものは本当に辛いんですね。
    ■ガクさん
    シッキムの穏やかな魅力に、すっかりはまってしまいました。
    もしオンシーズンならトレッキングにも行きたいところだったけど、天気がよくないなら体力的にもきついかな、と思って。
    この辺はブータン色も感じられるので、またそれも楽しい!
    ■ちゃきさん
    TRANSIT、届けにインドに来ない(笑)?
    時期が時期だけに、くっきりはっきり、とは見えなかったけど、だいぶ近いなー、というのは感じた。
    寒いの覚悟で、冬場にガツーンとでかいヒマラヤを見てみたいな。

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