思い出のバックパック

2014/04/25
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物置を整理していたら、かつて使っていたバックパックが出てきた。
以前処分しようとしたものの、思い入れが強すぎて捨てられなかったのだ。
でも、物置に余分なスペースはない。というか、すでに溢れつつある。いよいよ踏ん切りをつけるときがきた。

1995年、初めての一人旅でヨーロッパへ行くにあたって購入したバックパック。
本体表面を覆うカバー(蓋、といったほうがいいか)が付いているため、盗難被害に遭いにくいという店員さんの触れ込みでこれに決めた。
モノの出し入れは非常に面倒だったが、誰かに荒らされることもなく、2011年の台湾旅行までの実に16年、荷物を無事に運ぶという当たり前の大役をきっちり果たしてくれた。
ところで、バックパックは生地の裏地が剥がれだしたらそろそろ寿命らしい。
そういや2006年に中南米に行ったとき、すでに中の荷物に黒いポツポツがついてはいたが、本体はまったく問題ないからと、それ以降も世界各地を共に旅し続けた。

学生時代に夢中だったGrateful Deadのワッペンは、とにかく目立つし、各地でコミュニケーションのきっかけになった、このバックパックの要だ。
2000年、チベットの旅のとき、羽田空港で勤務中の空港係員に「おぉ~、デッド! 僕も好きなんですよ!」と言われたときには、驚いたと同時にかなりうれしかったことを思い出す。
インパクト大な見た目だから、手荷物受取のコンベアでもすぐに発見できたし、うっかり間違えて誰かに持っていかれる心配も皆無だった。
中央の大きなワッペンはネパールで購入したもの。ネパールは刺繍製品天国だったので、たくさんこういうのを買ったっけ。
時は流れ、今やデッドもそれほど聞かなくなり、ヒッピーカルチャーへの興味も薄れ、ワッペンをつけるよりシンプルなほうがいい、と思うようになった。

ちなみに、2012年からはコロコロパッカーになった。
車輪の付いているタイプのバッグだ。
バックパッカーとして魂を売ったような気持ちになったが、いざというときは背負うこともできるEaglrCreekのスイッチバックモジュラー22にしたから、完全撤退ではなく片足を突っ込んだ状態、というところか。
これならば石畳の街でも、牛糞が転がっているデコボコ道でも、問題なし!と。
それなのに、購入後、タイ、ラオス、ベトナム、ボルネオ(マレーシア)、インドネシア、シンガポールに持っていき、一切背負うことがなかった。
チビオトがまだ小さいため、大荷物をたくさん抱えているときは迷わずタクシーを利用するから、という理由がいちばん大きいだろう。
バックパックとしても活躍する日は、もう少し先の話か。

でも、このタイプにしてよかった点も、もちろんある。例えば、移動の際にチビオトが眠ってしまった場合。
一方が抱っこに徹し、もう一方が荷物担当になる。
背中には妻のバックパック、前にはカメラとPC入りのバッグ、片手にキャスター付きのEaglrCreek。プラス、空いた手にチビオト用プチリュックを持つことも。
バックパックだけで旅していたら、これほどの荷物をひとりで運ぶのは厳しい。
サブバッグが外れやすいところが残念だが、それ以外は合格。

余談だが、今年のフジロックにやってくるデッドファミリーのPHIL LESH & THE TERRAPIN FAMILY BANDを見にいくか、見送るかを迷う今日このごろ。
聞かなくなっても、やっぱり好きだ。でも同じ日に、ほかに見たいバンドがとくにないんだよなあ……。
いっそのこと、サンフランシスコに出かけるか。
それならばコロコロのバッグパックより、ワッペン付きのほうが絶対に盛り上がるだろうなあ。気分も、向こうで出会った人との会話も。
……捨てるの、もうちょっと先延ばししようかな。