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仮面祭は、押すな押すなの大盛況

2009/07/21


高山病への恐怖は、アンデス山脈の走る南米を旅していたときにはいつも感じていたことだった。
だから急に高度を上げるような長時間移動は避けるようにしていて、そのおかげか一度も高山病に苦しむことはなかった。
そして今回の22時間連続移動でのレー行き。
当初は高山病にかからないようにするため、徐々に高度を上げて体を慣らすルートを考えていた。
しかし予定を変更して一気にやってきたのには理由がある。
シッキム州にいたときに訪れたとあるゴンパで偶然目にした仮面舞踊、チャム。そのときはたまたま立ち寄っただけで、ちらっと見たに過ぎなかったが、仮面のユニークさと優雅な舞が頭に焼きついて離れず、いつかちゃんと見られたら、と思っていた。
チベット文化圏の祭でたびたび登場するというチャムがレー郊外のヘミス・ゴンパで開催されるツェチュ祭で見られるという情報をネットで見つけたときには、祭の日時が迫すぐそこに迫っていた。
ゆっくり体を慣らしていたら間に合わない、ルートを変更して一気にレーへ行ってしまおう。
このせいで高山病になったのだが、肝心の祭に間に合ったのだからめでたしめでたし、かな。


祭当日、気合い充分で早起きをするもあいにくの曇り空。
バススタンドに着く頃にはぽつりぽつりと雨が降り出してきた。何も祭の日を選んで雨にならなくたって、なんて恨めしく思いつつバスに乗ること約1時間。
降り立ったヘミスは既にゴンパへ向かう人でいっぱい。
人の流れに沿って歩いていくと、綱渡りの芸を見せる大道芸人ファミリーや、仏具にお土産、軽食を扱う露店など、まるで野外フェスの会場に紛れ込んだ気分になるにぎやかさ。

入場料を払って中へと入ると、境内の中央には舞踊用に確保されたスペースにロープが張られ、その外側には祭が始まるのを心待ちにしている人でぎっしり隙間もないほど埋め尽くされている。
先ほどの雨は雪に変わり、吐く息も白く、急激に体が冷えていくのを感じる。素足にビーチサンダルという出で立ちで来たことを、今更悔やんでも悔やみきれない。
寒さに負けじとうろうろ見物スペースを探した結果、通路に近くて少々落ち着かないがなんとか空いているところを見つけて、最前列を確保。
しかし喜んだのも束の間、来場者が増えるにつれ狭い通路に人が溢れ出し、陣取っていたスペースにも人がなだれ込んでくる。
どさくさに紛れて横入りしようとする人、ロープの内側に座り込もうとして運営スタッフに注意されたことに腹を立てて文句を言う人、さらには場所取りのことが原因で隣ではけんかまで始まってしまった。
とても優雅な舞を楽しむ雰囲気ではなく、怒声に押し合いの応酬があちこちで繰り広げられている光景に、なんだか悲しくなってきた。
ほかの場所では大人しく座って待っているというのに、ここは場所がよくなかったようだ。

本堂の壁面に巨大なタンカ(仏画)が掛けられたら、祭が始まる合図だ。
僧侶がホルンを吹き始めると、すかさずその正面に世界各国から来た報道関係者が立ちはだかって撮影を始め、僧侶の姿がまったく見えなくなってしまった。これには観客からもブーイングが起きたが、その後も僧侶たちに動きがある度に、同じようなことが繰り返された。
見物しているそばでは相変わらず小競り合いが続き、いたたまれなくなってその場を離れることにした。
まだ全然チャムを見ていないというのに、ぐったり変な疲労感だけが残る。
祭を見られるスペースをいろいろ探してみたが、見当たらないので見物はしばらく諦めて、ゴンパの内部を見て回ることにした。



暗く、天井の開口部から光が差しているだけの空間に煙がゆらゆら昇っている部屋に入ると、僧侶が大きな鍋で煮出したバター茶を振る舞っていた。
皆マイカップ持参でお茶をもらい、適当に腰掛けておしゃべりを楽しんでいる。
冷えた体にバター茶、さぞかしおいしいだろうなあと羨ましそうにしていたのが伝わったのか、ひとりの僧侶が自分のカップにたっぷり注いで渡してくれた。
湧かした水に緑茶とバターと塩を入れてつくるバター茶は、お茶というよりスープに近いような気もするが、コクがあるけれど甘くないのでさっぱりしているように感じる。
両手でしっかりカップを握って手を暖めていたら、通りすがりのおじさんがさやのままのグリーンピースをいくつかくれた。
生のままのグリーンピースは少し固くて青い味がするけれど、あの独特の豆くささがなくておいしい。
ちょっとした親切に触れていたら、先ほどまでのすさんだ暗い気持ちがいつの間にか消えていた。


まだ祭会場は大勢の人でごった返しているから、もう少しゴンパ内を見て歩こう。
2階に上がったところにある部屋に入ると、普段は顔に布をかけられている仏像の完全なる姿を拝むことができた。
ここへはひっきりなしに参拝する人がやってきては、時計回りに進んで仏像の前で熱心にお祈りをしていく。
行列への割り込みが日常茶飯事のインドで、ちゃんと列を成しているのは極めて稀な光景だ。
入口近くでは五体投地をしながら祈る人も多かった。

階段に従って上っていくと屋上に出た。荒天が一転、晴天に。今朝までの雨模様が嘘のように青空が晴れ渡っている。
ここにも祭の見物客はたくさんいたが、人の隙間を狙って後ろから伸び上がって見ようとしていると、こっちにおいで、と場所を詰めてひとり分のスペースをつくろうとしてくれる人がいる。
おかげで午前の部終了間際に、やっと少しだけ舞を見ることができた。


正午を少し回ったあたりでお昼休憩に入ると、一斉に人がいなくなった。
この隙にいい位置に座り込み、午後の部が始まるのを待つことにしよう。
屋上から見る舞踏スペースは少し距離を感じるものの、全体の動きが見られるから面白いかもしれない。
しばらくして、午後の部スタート。
午前の大混雑に辟易して帰ってしまった人がいるのか、だいぶ会場全体にゆとりが感じられる。

鬼のような怖い顔の面をつけた演者が何人かまとまって出てきて、太鼓に合わせてゆっくりゆらゆらと足を上げたり手を広げたりして舞い始める。
顔の2倍はあろうかという大きな仮面の表情は、怖さよりもユーモラスな印象が漂う。
衣装も凝っていて、鮮やかな色の生地に細かい刺繍が施してあるようだ。胸当てのガイコツがまたかわいらしく、相当年季の入っている様子だから大事に大事に受け継がれてきたのだろう。

鬼の次には、ガイコツ仮面4人衆が登場。
この舞がとてもおかしくて、腕を組んでランランとスキップしているような仕草で踊っていたかと思えば、急に掛けだして見物客目がけてツァンパ(主食として食べられる大麦粉)を投げつけたり、少年のキャップを奪ってポイッとどこかに投げたりと、やりたい放題好き放題。
その度にどっと笑いが起きるし、やられたほうも誰ひとりとして怒るものはいない。
かえって縁起がいいからと喜んでいるかもしれない。

祭はまだ続いているが、ちらほらと帰り始める人が出てきた。
下のほうにもだいぶ空きが目立ってきたので、本堂へ寄ってから向かうことにする。
天井の高い本堂に鎮座する仏像は、その大きさだけでなく眼力の強い表情も迫力満点。ここでも人々は時計回りで順繰り進み、仏像の前に来たら手を合わせていた。年配の人だけでなく、若者も子供も真剣な眼差しで祈る。

椅子の並べられたテラスのような絶好の場所にも、空席が出始めている。
朝のあの場所取り争奪戦は何だったのだろうと思うほど、優雅に腰掛けて見ているのが不思議でたまらない。
鬼の仮面をつけた集団が、太鼓を叩きながらステップを刻んだり、走ったりしている。
軽快に踊っているように見えるけれど、あれだけ大きな木製の仮面だもの、きっとかなり重いに違いない。仮面で隠された顔には、苦悶の表情を浮かべていたりして。
なんて想像しながら見ているうちに、舞い終えた演者たちがこちらに向かって引き上げ始めた。すぐ近くを通っていったときに聞こえたのは、ハアハアと苦しそうに息をする音、そして顔中にかいた汗の粒がきらきら光っているのも仮面の隙間から見えた。

巨大なタンカに布が掛けられ、くるくる丸めて収納されると祭は終了。
最初はこの祭に合わせて急いでレーに来たことを後悔するほどだったのに、終わってみればバター茶に人々のやさしい心にそしてもちろんチャムと、いろいろ満喫できた欲張りな1日だった。
祭の素晴らしさがゆえに有名になってしまい、観光客が押し寄せるようになったことで本来の祭のよさが失われたということも否めないし、運営の仕方も考えていく必要がありそうだ。
けれど訪れる人がほんの少し譲り合う気持ちを持てれば、誰もが安心して楽しめる祭になる余地がまだまだあると思う。

余談だが、帰りのバスを待っているあいだに話をした外国人女性は「期待して見に来たけど、ゆらゆらするばかりで飽きちゃった」なんて言っていたっけ。
抱く感想は人それぞれ、それもまた面白いなあと思わずにはいられなかった。




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2009.7.2 ヘミス / Hemis