昨日TBSの『テレビ未来遺産 地球絶景ミステリー』という番組で、写真家の友人、竹沢うるま君がインドのキーゴンパを撮影する様子が紹介された。
ゴンパと周囲のロケーションの美しさに加え、満月の光で撮影するという発想。同じ場所を訪れていても、感じること、考えることの違いを感じ、彼から出てくる言葉にも心打たれる内容だった。
旅音がキーゴンパのあるスピティ地方を訪れたのは2009年のこと。
当時持ち歩いていたロンリープラネットにもほとんど記載のないエリアで、とにかく情報が少なく、現地でいろんな人に尋ねて回って、その話を頼りに移動を繰り返した。
そんなスピティがゴールデンタイムに民放で放送される日が来るとは思いもしなかった。
そして、今後テレビで見られる機会もあまりないと思う。
訪れたのは7月始め。
そのころ、スピティに行くか、バラナシに行くかで迷っていた。
この年の7月22日はバラナシで皆既日食が見られる予定だったが、間に合わせるためには途中の街を駆け足で通過しないと間に合わない。
そして、スピティの中心地、カザの街ではダライ・ラマ法王の法話を聞けるチャンスがあるということを耳にした。
どちらも滅多にないチャンスである。さあ、どうしよう……。
さんざん悩んだ挙句、バラナシは雨季のため日食はきっと無理だろうと判断し、スピティ入りしたのだった。
のちに、この予想が大きくはずれ、バラナシの素晴らしい皆既日食の写真を目にしたとき地団駄を踏んだのは言うまでもない。
でも、スピティを選んだことは、今思い返しても最良の選択だったと思う。
マナリから乗り合いの四駆で向かい、荒涼な風景をひた走る。
道中、何度もエンコしてその都度修理のために休憩タイムとなり、チャイを飲んだり散歩をしたりして時間をつぶし、夜になってからようやくカザに到着した。
真っ暗な中、宿を見つけたら手当たり次第交渉するも、どこもかしこも「Sorry,full」
法話を目当てにやってきた観光客が大勢いて、空室がまったくない状況だった。
いよいよ野宿か……、と覚悟を決めかけたところで、宿の屋上に張ってあるテントが奇跡的に空いていると言われた。
翌日、無事に法話を拝聴し、その日のうちにカザを出て、バスで「世界でいちばん標高の高い村」ともいわれるキッバル村へと移動した。
(※標高は4,205mで、実際にはいちばんではない。参考List of highest towns by country)
車内はたくさんの荷物と買い物客であふれていた。
ぎゅうぎゅうのバスに揺られてキッバルに到着してみると、家とゴンパがあるだけの、本当に簡素な村だった。
この村でひと晩過ごしてから、今度は道なき道を歩き、途中で人に道を聞き聞き進路が合っているのかどうか不安に思いながら、やっとのことでスピティ訪問最大の目的であるキーゴンパを上から臨む位置にたどり着いた。
ゴンパを眼下に一望したときの感動たるや、どんなに言葉を並べても言い尽くせない。
どうしてこんな荒涼とした場所にこれほどの立派な僧院を建てたのか。
曇り空と雪山を背景にまとったキーゴンパはバベルの塔のようで、そこに一筋の光が差したこの瞬間、「すごい……」と感じたきり、その後の言葉が続かなかった。
ゴンパの中を拝観させてもらってから外に出ると、脇道を颯爽と降りていく人を見かけた。
後ろからついていこうと同じ道を降り始めたが、砂利の急斜面に幅わずか30センチほどの誰かが通った跡があるだけの、道とは呼べない道が延々続いているだけ。
まともに歩ける状況ではなく、這いつくばるようにちょっとずつ歩を進める。
ときどき砂利に足を取られて滑り落ちそうになるが、ここで踏ん張らないと命の保証はないから必死に耐える。
さっきの人はとうに行ってしまったし、引き返そうにもここまで来て今更戻るというのも……、と頭の中で最善の策をいろいろシミュレーションしてみたが、一向に名案が浮かばない。
そうこうしているうちに道もだいぶ平坦になり、なんとか無事に下山することができた。
キーゴンパから南下すると、これまた断崖絶壁にそびえ立つダンカルゴンパがあったり、放映されたタボゴンパ(内部が本当に素晴らしい)もある。
ガイドブックには掲載されていないインドの隠れた見どころだが、日本から直接行く場合、到着まで3~5日は見ておいたほうがいいだろう。
なぜなら、予定通りに事が進まないのがインドだから。
行程はハードだけれど、頑張った分、スピティの風景や人とのふれあいがじんわり心に沁み込んでいくはずだ。
番組を見て、竹沢うるま君のことを初めて知ったという方は、彼の写真集Walkabout、旅行記The Songlines、キューバの写真集Buena Vistaもぜひ手にとってみて欲しい。
テレビ画面では伝わりきれなかった彼の魅力が満載である。
余談だが、スピティより南にあるキナウル地方も大変素晴らしいところ。
断崖絶壁を走るスリリングなバスは、ほかの地域では見られないインドの荒々しい美しさを惜しげもなく披露してくれる。
こちらもテレビではあまり放映されることのなさそうな地域だ。
拙著『インドホリック』にはスピティ、キナウルの写真・紀行文も掲載されているので、まだお読みになったことがなければ、ぜひお手にとってご覧ください。
また、旅音が参加した『撮り・旅! 地球を撮り歩く旅人たち』には、竹沢うるま君のアフリカ写真のほか、山本高樹さんによるスピティの写真と文章が9Pに渡って掲載されていますので、こちらも併せてどうぞ!