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明け方の、まだ暗く人もまばらな路上で、さてどうしたものかと寝起きの頭で考える。
ゴールデンシティと呼ばれる砂漠の街ジャイサルメールから寝台バスに揺られてやってきたものの、いったい今どこにいるのか、まったく見当がつかない。
オートリキシャーをつかまえて、目星をつけた宿へ連れていってもらうことにしたが、寝静まった街を眺めているととくにこれといった特徴がないようにも思える。
今から約60年前、ル・コルビュジエはインドの、このアーメダバードに何を思って、いくつかの建造物を手がけたのだろう。


しばらく休んでから昼間の街へ繰り出してみると、早朝に見た風景との落差にくらくらきてしまった。
それは日差しの強さと暑さのせいではなく、モダンな街並みと通り過ぎる人の多さ、密集した建物群のちょっとしたすき間にも詰まっている生活の匂いなど、都会特有の活気に満ち満ちていたからだ。
近代的な表情に変わりつつある部分と、昔からなんら変わっていない部分、その両方のインドがちょうどよくミックスされているような感じを受ける。
さて、アーメダバードにやってきたのはル・コルビュジエの設計した建造物があるからで、コルビュジエ作品を直接見るのはこれが初めて。
ブラジルでオスカー・ニーマイヤー巡りをしたときのような興奮をぜひインドでも、と思ったのだ。
まずはすぐそばまで来ているはずなのに、なかなか見つけられなかった繊維業者協会会館へ。
道路に面したほかの建物よりもかなり奥まっている上に、門が閉じられているのでなかなか気づかないが、その姿を見ると一目で「これだ」とわかる個性と主張がその建物にはあった。


ファサードは光と影のコントラストで模様のようになり、ところどころの開口部から花と緑が顔を出す。
コンクリート製の直線で構成されていても、こんなにやわらかい印象になるとは驚きだ。
すっかり夢中になった我々は、門を開けてもらって敷地に入るとすぐさまカメラを取り出し、ちょっとずつポイントを変えて撮影を始める。
すると門番のおじさんが近づいてきて、あと1時間もしないで閉まるから先に内部を見てきなさい、と言う。
それもそうだと思い、長いスロープを上ってオフィスなどがあるフロアへ。
外の猛暑を一瞬忘れさせてくれる、涼しい空間に思わず安堵のため息をつく。
暑期に入りつつある3月は36度を超える日々が続き、日中炎天下の中を歩き回るとみるみる体力が摩耗していくのがよくわかる。
けれどもここは別世界。
この建物には壁らしい壁が存在せず、正面にも背面にも大きな開口部が設けられていてよく風が通るからだろう。
そのおかげで中には絶えず鳥が遊びにやってきて、お気に入りの休憩地点を見つけてはのんびり休んでいく。
背面にもたくさんの植物が植えられていて、そこから裏庭を覗くとよく手入れのされた様子がうかがえる。
はたしてここは室内なのか室外なのか、その曖昧な感じもまた面白い。

ふたたび室内を見回してみると、一部に施された鮮やかな色の塗装が建物全体にアクセントをつけて、さらに絵になる風景をつくり出している。
そして間仕切りやベンチなどには、まるで彫刻のように美しいラインの曲線。
ため息をつきながら眺めて、別の角度からチェックしてはまたため息をついて、終始口が開きっぱなしの鑑賞だった。




外に出てみると、日差しがぎらぎらした白っぽい光から徐々にオレンジがかった光に変わりつつある。
急がないと、今日回る予定のもうひとつのコルビュジエ作品が閉まってしまう。
オートリキシャーで乗りつけた次の場所は、市立美術館(サンスカル・ケンドラ)。
ところが、当初は同じ敷地にある別の建物(タゴール・ホール)がお目当てのそれかと間違えたほど、本物はいまいち驚きに欠けた。
中に入ってみてもその感想がくつがえることはなく、肩すかしを食らったような気分に。
ひょっとしたら、壊れたままの窓ガラスやごちゃごちゃした展示物など、建物のよさが活かされていない維持の仕方に問題があるのかもしれない。
また、同じ流れを汲んでつくられた上野にある国立西洋美術館を見てからであれば、その共通点を見つける楽しさがあったのかもしれない。

翌日、気を取り直して向かったのはキャリコ博物館。
ここは移築してきた古民家を利用して、インド各地の美しいテキスタイルのコレクションを惜しげもなく見せてくれる素晴らしい博物館であるが、我々には別の狙いがあった。
というのも、キャリコ博物館のすぐそばにコルビュジエが手がけた個人住宅のサラバイ邸があり、このキャリコ博物館を所有しているのが、サラバイ財団なのだ。
個人邸なので見学は難しいかも、と覚悟の上でツーリストインフォメーションで尋ねてみたところ、ここで許可を取れば見られるだろうとのことだったので、とにかく行ってみることにした。
これはさすがに予想外だったが、キャリコ博物館に入るのにも関門があった。
何か質問があっても開館時間までは聞いてすらくれず、とにかく門の外で並んで待たなければいけない上に、見学の人数に制限があるので確実に入れるかどうかはわからないとのこと。
それでも無事中に入ることができたので、怖い顔の警備員におそるおそるサラバイ邸の見学が可能かどうかを聞いてみたら、管轄が違うので確実ではないけれど直接行って聞いてみなさい、と言われて希望の光が見えた気がした。
ちなみに、英語のガイド付き、時間限定のキャリコ博物館の見学ツアーは、心から満足のいく素晴らしいものだった。

見学終了後、我々のみサラバイ邸へ向かう。
門のところで見学したい旨を伝えると、電話で確認してくれて了承が取れたが、その後の驚きの一言が我々を凍りつかせた。
「見学料として、ひとり500ルピー(約1000円)かかるよ」。
これまで訪れた施設すべてが無料だったのに、ここだけそんなに高いの?
ふたり分の料金が、宿泊しているホテル代よりもさらに高い金額だなんて……、入る? やめる? と、こそこそ声で相談しあう。
とはいえこれを見るために来たんじゃないか、と思い直して、見せてもらうことに決めた。
個人邸のため内部の撮影は禁止、外観のみ一部オーケーという条件付きで、案内をしてもらう。

サラバイ邸は、今でも現役の住居として活躍中とのこと。
電気系統などを一部交換したぐらいで、それ以外のほとんどは建てた当時のまま大事に使っているそうだ。
繊維業者協会会館のような大きく開口部と、水をたっぷりたたえたプールが見た目にも涼しげだが、そのすっきりした印象とは対照的に室内にはたくさんの家具やアート作品が所狭しと飾られていた。
インドでのパトロンとしてコルビュジエのよき理解者だったサラバイ氏の、よいものを見極め、刺激的なものを求める姿勢がひしひしと伝わってくる家を見ることができて、やっぱり来てよかったと思った。

今後のルートには、コルビュジエが都市計画に携わったインド北部の都市、チャンディーガルも計画に入っている。
訪れるのはもう少し先になりそうだけれど、こちらも非常に楽しみだ。

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2009.3.26 アーメダバード / Ahmedabad

Join the discussion 4 Comments

  • ヤスコ より:

    前にコルビジェ展で模型とスライドをひたすら眺めていました。
    インドとコルビジェがなんだか結びつかず…ものによっては、やっぱり大事にされていないなぁって感じがする建物もちらほらあったのを覚えています。
    でも繊維業者協会会館とサラバイ邸はステチね。

  • スミサト より:

    ■ヤスコさん
    インドとコルビュジェ、イメージでは全然繋がらないよね。
    でもこんなステキな建物が見られて最高だよ、インドに造ってくれてありがとう、って言いたい。
    アーメダバードの建物はとっても大事にされているよ!

  • たかさん より:

    スミサトさん、はじめまして。
    情景が浮かぶような
    ステキな「写真」、とてもいいですね!

  • スミサト より:

    ■たかさん
    はじめまして。
    建築をやられているのですね。
    そんな方から情景が浮かぶようって言われると嬉しいです。ありがとうございます!

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