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世界最大のエコヴィレッジが、インドにあるらしい。
そんな話を耳にしたとき、カオスの見本とも言えるインドとエコという組み合わせがあまりにも意外で面白くて、いろいろと調べてみたらもっとそそられる一文を見つけた。
そこには金色に輝く巨大なゴルフボールみたいな形の瞑想用の建物があり、その中に世界最大の水晶が安置されている。
そんなに大きな水晶って、もしかして新しい宗教? いったいどんな集団が暮らしているの?
強烈な印象と勝手な想像が頭の中で増殖して気になってしまい、これは実際に行って見てこなければ気が済まないぞと思っていた場所、それがオーロヴィルだった。


オーロヴィルは宗教や政治、国籍などを超えて集まった者同士が力を合わせ、自然の恵みを最大限活用したエネルギー開発や循環型農業によって自給を目指そうという目標を掲げた実験都市。
ポンディシェリーにアシュラムを開いた哲学家のシュリ・オーロビンドの考えに共鳴した、フランス人のマザーと呼ばれる女性の提唱で1968年に設立された。
現在でもインド政府から協賛を得て目下実行中の、砂漠の緑化や家畜の糞尿をエネルギーに変えるプロジェクトはほんの一例に過ぎず、ほかにも優れたデザインで高品質のオーロヴィル産プロダクトをどんどん生み出すなど、クリエイティブな刺激に満ちたコミュニティであるようだ。

さて、コミュニティと言われても実際に滞在したことがないので、いったいどんな風なところなのかがいまいちわからない。
だから、何か作業のお手伝いをしながらその暮らしをほんの少し体験させてもらい、コミュニティとはどういうものかを理解しつつ、暮らしやすいのかどうかを確かめたい、というのがそもそもの大義だった。
しかし、調べる過程で知った黄金の巨大建造物、マトリマンディルを間近に眺め、あわよくば中に入って巨大水晶のある瞑想室をひと目見ようというのが、いつしかオーロヴィルを訪れるいちばん重要な目的となった。
ポンディシェリーから12km離れたオーロヴィルへ行くにはバスが通っていないため、オートリキシャーかタクシーしか手段がないよ、とアシュラム運営のゲストハウスのスタッフからアドバイスされていたので、通りでオートリキシャーを拾って出発。
まだこのときは、いつものように到着してから部屋を見て宿を決めようなんて気軽に考えていて、そんなに簡単に事が進まないとは思いもしていなかった。

幹線道路を外れて左折し、しばらく走っていると道路がアスファルトから未舗装の赤土に変わり、建物の数もどんどん減ってついには木が生えるのみになっていく。
たまに標識が出てくるので方向は間違っていないのだろうけど、ずいぶんへんぴなところにあるんだなあ。
後々知ったところによると、オーロヴィルは不毛の荒れ地に植林をし、土手やダムを築いて水を確保したことで人が住める環境に整備されたコミュニティだという。
砂漠の緑化についての研究に政府が援助しているのも、なるほどこういう自らの体験があってこそだったのか。

30分ほどで到着したのは玄関口となる駐車場の前で、そこにいたスタッフにまずは向かい側にあるビジターセンターに行くといい、と教えてもらう。
日曜の午後のせいか、家族で、グループでやってきているインド人がとても多く、外国人はひとりを見かけたきりでほかにその姿は見当たらない。
とにかく宿を確保しないことには始まらないので、センター内にあるインフォメーションサービスでオーロヴィルの地図を買い、どこに宿があるかを尋ねてみると、地図の裏にいろいろな情報が載っているから直接自分で確かめてみて、と言う。
確かに40件もの宿の一覧があるにはあるが、その1軒1軒が大体どのエリアにあるかざっくりとはわかっても、詳しい位置までは書いておらず、どの道をどう進めばいいかがさっぱりわからない。
さて、困った。
そうだ、さっきの駐車場に何台かオートリキシャーがいたから連れていってもらおう。
いちばん近いエリアの宿なら、ここから1km以内にあるはずだ。
なのに、揃いも揃ってそこにいたドライバー全員が3km分ほどの値段をふっかけてくる。
あらゆる国籍を超えて集っているはずのオーロヴィルの中で、ここだけはインドそのものだった。残念。
高すぎるオートリキシャーをあきらめ、人に聞いたり少ない標識を頼りにしながらひたすら歩き、汗だくになってやっと着いた! と思った1軒目は残念なことに満室。
その場にへたり込みそうになったが、気を取り直して宿探しを再開すると2軒目に空室が。
しかし、エアコンのある部屋はないと言う。
日中40度近くまで気温が上がり、夜になってもさほど涼しくはならないだろうに、エアコンなしで果たして眠れるかどうか……。
だからといって、道もわからないのにこれ以上宿探しを続けるというのも、いささか無謀な気もする。
不安の種はエアコンのみで、それ以外については内装もかわいらしく、庭や共有スペースがきちんと整えられているからと、結局ここに泊まることに決めた。

宿探しで1日の体力を全部使い切ったようにぐったりだが、早く実物を見たいという気持ちには勝てずにさっそくマトリマンディルへ出かけようとすると、日曜の午後は敷地内に入ることができず、とげで覆われた門の外から眺めるしかできないことを知ってがっかり。
失敗続きの1日、まあこんな日もあるさ。
そして、やっぱりエアコンなしだと暑くて眠れないという、とどめのおまけつき。

次の日は広大なオーロヴィルを効率よく回るために、モペットを借りた。
まずは今日こそちゃんと近くからマトリマンディルを見ようと、敷地内に入るためのガーデンパスを発行してもらいにビジターセンターへ出向き、マトリマンディルの説明ビデオを見る。
そこではもう1本、オーロヴィルの歴史ビデオも上映しているので併せて見てしまおうとしたけれど、ちょうど終了したばかり。
次はいつ始まるかわからないし、ネットでも歴史については少し調べていたし、なにしろガーデンパスが手元にあるのだからいいか、と省略することにした。
続いて、前日の日曜日は休みだった施設へ、滞在者が携行していなければならないゲストパスを発行してもらおうと向かう。
が、いつの間に発行方法が変わっていたのか、ここではなく宿泊先のゲストハウスでもらうものだと知り、宿にとんぼ返り。
このあともすぐ目の前にマトリマンディルがあるというのに、なかなかすんなりとは入ることが許されず、何度もあちこちを行ったり来たり。
ようやく見るための手続きや準備がすべて整い、メインゲートとは異なるゲートから敷地内に足を踏み入れ、また何か注意されないかとひやひやしながら歩いてやってきたところはマトリマンディルのビューポイント。
こうして、ついに光り輝くゴルフボールのような外観を絶好の位置から眺めることができた。


ただ、ここからは一歩も先には近づけないようなので、近くにいたスタッフに中に入るための予約はどこ? と尋ねると、先ほどのメインゲートを指される。
いったい、今日だけで何度メインゲートをくぐっているのだか。
予約をしたいと告げると、「明日の予約はいっぱい。明後日は休館日だから、最短でしあさってね」と言われ、体中の力が抜けて倒れそうになる。どうしてこうも、思うとおりにいかないの……。
スタッフの女性が「いつまでオーロヴィルにはいるの?」と滞在予定日の書かれたパスカードを見て、「明後日なの、じゃあ……、明日のウェイティングリストに追加してみる? もしかしたら入れるかもしれないから、朝9時45分にここに来て」。
すっかり疲れ果てしまい、何か飲みながらひと息入れたくてソーラーパワーで調理しているカフェへ行くと、そこでは現金払いは不可。
ビジターセンター以外のレストランやカフェ、ベーカリーでは、1週間以上滞在する人に限り一定の金額をチャージしてくというキャッシュレスでのサービスだということを、利用する段になってようやく知った。あぁぁ……。
ひとつの情報を得るのにいちいち各所に足を運ばなければいけず、何度もモペットを走らせるはめとなってしまった。
しかし、エコヴィレッジで二酸化炭素の無駄遣いをしてしまうとは……。
ツーリストにとってはコミュニティの規則を飲み込むのがなかなか大変だということを身をもって知り、こんな調子で参加できそうなワークショップや手伝うことのできる作業を探すのは厳しいだろう。
いろいろと相談した結果、マトリマンディルの中に入ることができた時点でここを発つことにした。
もし入れたらラッキーだし、入れなかったら再度予約をし直して、待っているあいだはまたモペットを借りるなりしてほかの施設を見学するのだっていいじゃないか。
翌日、指定された時間より早くメインゲートへ到着して、見たいという熱意を行動でアピールする作戦に出てみた。
それが功を奏したのかどうかは不明だが、ほどなく「見学どうぞ」との声が掛かって心の中で万歳をする。
ガイドから集合の声が掛かって、ビデオで見たオーロヴィル成り立ちのおさらいと注意事項の説明を受ける。
静かにすること、というのはわかるけれど、長ズボンの人は裾を折ってからだの、中に入る前に咳やくしゃみを出し切っておいて、というのはかなり愉快な決まり事だ。
では、と立ち上がったらガイドの後をついていき、ゆっくり階段を登って途中でサンダルを預け、先ほどの注意事項を両方とも忠実に実行してから、いよいよ中へ。
薄暗い空間に入ると、ゆるいカーブを描くベンチに座るように促され、備え付けの白い靴下を履かされる。
準備が整ったら一列に並んで静かに歩く。
手塚治虫のアニメで見たような近未来的空間に、大きならせんのスロープが壁に這うように上へ上へと伸びている。
全体がオレンジの光に包まれたこの建物の中を歩いていると、瞑想室に向かうというよりは何か未知の場所を探検しているような気分でわくわくしてくる。
昇りきった先にある小さな入口をくぐると、ついにあった、大きな水晶が。
ここが、あの瞑想室だ。


オフィシャルサイトでスロープを見る
オフィシャルサイトで瞑想室を見る
壁も大理石の床も、瞑想用のマットもクッションもすべて白一色の空間の中心には、天井にある天窓から一筋の光が差し込んでいる。
その真下には光を受けてキラキラ輝く巨大な水晶の玉。
外の蒸し暑さとは正反対のひんやりしたこの瞑想室で、15分過ごすことができる。
目を閉じて瞑想でもしたいところだけど、この大きな水晶を見に来たのにそれではもったいないじゃないかと、こんなときでもつい欲張ってしまう。
自分の呼吸の音ぐらいしか聞こえないこの静かすぎる場所では、体勢を変えるときの洋服が擦れる音ですら反響して、予想以上に大きな音となって耳に届く。
いつしか、向かいのあたりから寝息が聞こえてくる。
こんなに気持ちいい空間だもの、そりゃ仕方ない、と思っていたら、ガイドがすかさず起こしに行っていた。
15分はこんなに短かったっけ、というほどにあっさりと、瞑想室での時間は過ぎ去っていった。
まだまだ中に残っていたい気持ちを引きずりながら外へ出ると、待ちかまえるようにギラギラした日差しが降り注ぐ。
一瞬にして汗ばむほどの陽気の中、マトリマンディルの建物の下にある、蓮の花を模した中央に水晶をあしらったロータスポンドの周りに腰掛けて、中央へ向かってさらさらと流れていく水の動きをじっと見つめる。
最後にガイドから終わりのあいさつがあって見学は終了するのだが、この部分に耳が大いに反応した。
「今日見学を終えた人は、次からは1時間、ガイドなしで瞑想室に入ることができますから……」

何かと手続きが必要で、振り回されることになってしまったオーロヴィルでの日々。
もちろんツーリストのための場所ではないから、下調べ不足、準備不足で苦労する結果になったのは仕方がない。
ただ、当初の目的だった作業のお手伝いができないままここを去ることに決めたのは、今となっては少し焦っていたようにも思う。
しかし、次からはマトリマンディルをたっぷり満喫できる権利という、かなり大きな収穫があった。
これはきっと、気持ちと日程の余裕ができたら戻っておいでという、オーロヴィルをよく知るための通過儀礼だったのかもしれない。
そして、次に来るときはきっとさまざまなMade in Aurovilleがたくさんの驚きと新鮮な感動をもたらし、この意識の高いコミュニティで過ごせることを、誇らしく思うのかもしれない。


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2009.5.12 オーロヴィル / Auroville

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