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マハーバリプラムは、海沿いにある小さな村。
ツーリストに必要な宿やレストラン、お土産屋などがこじんまりとまとまっていて、かつさまざまな名所へも徒歩圏内といううれしい立地のこの村の見どころは、石にまつわるものが多い。
急な斜面の上にある転がっていきそうでびくともしない丸っこい巨岩や、いきいきとした彫刻が見事なかつての寺院を訪ねる道中には、今日もカンカンカンと石を彫る職人ののみを振るう音があちこちから聞こえてくる。
そしてツーリング気分で遠出をすれば、550段の石段の上にあるヒンズー寺院に入ってお参りすることもできる。
しかし、その道のりはちょっとした修行のよう。
まあ単純に、訪れる時間帯がまずかった、という話なだけなのだけど。


朝のうちなら少しは涼しいだろうという読みも空しく、外出して5分後には汗がだらだら。
ふうふう言いながらやってきたクリシュナのバターボールと呼ばれる奇岩の周りには、すでに休憩中の先客が。
日陰を見つけて陣取っているのは人だけではなく、放し飼いにされているヤギも同じで、おとなしく座っていながらもこの場所は絶対に譲らないといった気配を漂わせている。

その脇にはかつてはなかったはずの天然すべり台が新設されていて、子供だけでなく大人も興味津々の面持ちで滑っている。

順番待ちの人がいなくなったのを見計らってすべり台前にスタンバイすると、想像以上に急な坂に一瞬ひるむ。
さっきなかなか滑れずに泣いている女の子がいたが、これなら無理もない。
えいや、と滑ってみれば結構なスピードで、見た目の割にはスリリングなアトラクションだった。

それからはバターボール周辺に点在する寺院を巡り、巨大スクリーン級の壁いっぱいに彫られたアルジュナの苦行という浮き彫りを見に行く。
丸みを帯びていて素朴な印象なのに、精巧な彫刻を見るときよりもひとつひとつの細かいところまでじっくり見入ってしまうのは、表情や容姿の見せ方に「こんな風に見せたい」という強い主張が感じ取れるからだろうか。

午前の部のラストを飾るのは、世界遺産にもなっている海岸寺院。
長いあいだ潮風にさらされていたせいでかなりのダメージはあるが、その朽ちた感じが独特の味わいを醸し出している。
寺院のすぐ目の前が海、というロケーションも素晴らしい。
保護の目的で設置されているフェンスや防風林が少々残念なところだが、ずっと守り伝えていくためには必要不可欠な対策なのだろう。

暑すぎる午後は部屋で休んで体力を温存しておき、夕方になってから岩を切り崩してつくられた寺院の集合体、ファイブ・ラタへ。
門の前まで行くと、中から子供たちの歓声が聞こえる。
走り回ったり彫像に登ったりと、こちらも世界遺産のはずなのにまるで公園の遊具で遊んでいるかのような自由さがおかしい。


しかし、200年前に発見されるまでずっと砂に埋もれたままだったということもあるだろうが、彫刻の保存状態がここまでよいというのは珍しいかもしれない。
帰り道は何軒も続く石像の工房兼ショップを気が向くままに物色。
小さなものより等身大ほどの大作のほうが出来映えがよく、ぜひひとつ我が家へと思ったものの、持ち帰り費用のことを考えると実物よりも高い諸経費がかかりそうなので諦める。

それでもせっかく石の彫刻で名を馳せるところに来たのだからと、宿の近くの小物も多く取り扱うお店で1体購入。
名づけて、怒れるブッダ。


よく動いた1日を締めくくるには当然冷たいビールで、とレストランに入るなりオーダーすると、今日は選挙のために出すことができないと言う。
インドはここ1カ月各地で選挙の真っ只中で、投票日には酒屋は休業、酒類を出す免許のあるレストランでもアルコールを提供するのをぴたっとやめる。

ただし、例外的に飲むことのできるちょっとした裏技がちゃんと用意されている。
それは、瓶からティーポットに移し替え、グラスではなくマグカップで飲むという、端からはビールなんて飲んでないもんね、という風に見せかける容器まやかし作戦である。
この荒技のおかげで、ビールがおあずけにならずに済んだ。

翌日はこの旅で何度かお世話になっているモペットにまたがって、17km離れたティルカリクンドラムまで寺院参拝のプチツーリング。

モペットを貸してくれた古本屋のおじさんは道路を左に曲がったらあとはまっすぐ行くだけだから、なんて簡単そうに言っていたけど、二叉に分かれる道が出てきたり、有料道路の料金所のようなところを通過したりといくつかの関門があって、その度に誰かに尋ねなければいけなかった。
それにしてもまだ午前中だというのに、吹き付けてくる風はファンヒーターの通風口に顔を当てているほどに熱く感じる。
しばらくして右前方の山の上に見えてきた建物が、目指すヴェーダギリーシュヴァイ寺院だ。

寺院に着いたらサンダルを預けて裸足になり、長い石段に挑む。
最初のうちは階段の上にも数十段ごとに設けられた踊り場にも屋根があるし、休み休み登れば余裕でしょ、なんて思っていた。
しかし段差が意外と大きく、足をしっかり上げないと登れないからかなりの運動量で、これは予想以上にきつい。
いつしかひざに手を当ててなんとか1歩1歩を踏み出すようになり、息をするにもぜえぜえと苦しく、顔は火照って汗びっしょり。
さらなる問題は、階段に屋根があったのは始めの1カ所だけで、あとは直射日光であつあつになった石段を登らなければいけないことだった。
たまに脇に生えている大きな木が日傘代わりになってくれるところもあったのでささっと駆け上がって一旦休止、ということも可能だったけれど、上へ上へと進むにつれて太陽を遮ってくれるものがなくなり、石段はより一層熱くなっている。
せっかく来たのにギブアップして引き返すのももったいないし、かと言って我慢して登り続けられる自信もない。

でも行くしかない、と覚悟を決めてダッシュで登る。
中盤まではなんとか持ちこたえたが足が疲れてくるにつれて徐々にペースは落ち、それに比例して足裏接地時間が長くなるので、もうヤケド寸前。
あち、あちちと言いながら登り切ったら、まだ頂上ではなく何度も通過してきた踊り場のスペースで、いつになったら着くのやら。
足の裏は痛々しいほどに真っ赤になっている。
それでも諦めずに何度も走っては休みを繰り返すと、ようやくあと20段ほどで寺院というところまで来たが、このラストのほんの少しがきつかった。
気合いを入れて駆け出して5、6歩でこれまで以上の熱さに限界を感じ、叫び声ともつかない雄叫びを上げながら最後の力を振り絞って夢中で寺院の中へ飛び込んだ。
ついに安住の場所まで辿り着いたと思ったと同時に汗が体中から吹き出し、ぬぐってもぬぐっても止まらない。
足の裏を見ると、水ぶくれがつぶれたような跡が残っているではないか。
どうりで普通に歩くのもしんどいはずだ。
なんとかシヴァ神の奉られている祭壇まで行くと、僧侶がすかさず近づいてきてお祈りの儀式をしてくれる。
終了後、お布施を渡して去ろうとするともっと、と迫られたが、すでに充分な額を渡しているはずだからとその無茶な要求をはねのける。
だったら日本のコインはないのかとごねる僧侶の言い分には耳も貸さず、お礼を言って外に出る。
風のよく通る街を一望できる半屋外のスペースで休憩したら、2000km離れたヴァラナシからはるばるワシがやってくるという信じられない伝説のあるエサ場を見学し、ワシの来る気配がまったくないのを確認してふたたびあつあつの石段を下りる。
下りのほうが楽だろうと思ったが、すでにダメージを受けた足の裏にかえって負担がかかり、帰りもひいひい言うことになった。

朝か夕方に訪れればこんな大変なお参りにはならなかったかもしれないが、その代わりいつでもどこでも人の集まるところは大混雑のインドで、このときはほとんど人の姿もなく、寺院本来の静けさを満喫することができた。
修行のような行程を終えた本日のビールは、ちゃんと瓶入り、グラス付きでとにかくおいしかった。

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2009.5.14 マハーバリプラム / Mahabalipuram

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