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まいった。
ほとんど眠れなかった。
しっかり眠れるようにと横になれる寝台シート付きの夜行バスを選んだのに、道が悪いのか運転が荒いのか、そろそろ意識が薄れてきたぞというときにガタンとジャンプ、の繰り返し。
あと30分でハンピに到着するというのに、これじゃボーッとして頭が働かないから午前中は仮眠でもしようかな……。
と思って窓に目をやると、いったいなんなんだ! この景色は。
不思議な形をした巨大な岩が、器用なバランスを保ったままの姿でそこらじゅうにごろごろ転がっている。
そんなシュールな風景を別段気に留める様子もなく、普通に通り過ぎていくオートリキシャーやバイクに乗った人たち。
すごい! を連発しながら目が冴えてきた頃ちょうど上り坂に差し掛かり、エンジンをうんうんうならせながらのろのろと進み、ようやく上りきったところから見えたのは、あの奇岩に囲まれた中に建物が密集しているこじんまりとした村の姿だった。


7時半、ハンピ・バザールにあるバスターミナルに着くや否や、にぎやかな観光客争奪合戦が始まる。
我々の周りにも数人の客引きがやってきたが、だんまりを決め込んでいるうちにひとりを残してどこかへ行ってしまった。
粘り強くついてくる客引きと適当に会話をしながら道を歩いていると、家の前の地べたにチョークでさまざまな模様が描かれていることに気づく。

曰く、女性は朝5時に起きて神様へのお祈りをし、今日も1日無事に過ごせますようにと門や玄関の前に模様を描く。
それを夫である男性が家を出るときに確認して、それから出かけるそうだ。
そんな美しい思いの込められた模様に興味が湧いたので1軒1軒よく見てみると、どれひとつとして同じものがない。
ちなみにその日の夕方、たまたま描いている最中の場面に出くわしたのでしばらくじっと見ていると、下絵もなしにサラサラとあっという間に描き上げていた。

その後もずっと離れずにいた客引きだが、本職はオートリキシャーのドライバーのようで、翌日ハンピの村に点在する遺跡群や夕日の美しい穴場スポットを案内するからぜひ乗らないか、という1日チャーターの勧誘が彼の魂胆だった。
悪い話ではないけれどあまり気乗りしないのは、お互いの求めるものの違い、かもしれない。
ハンピの見どころは逃さず見ていって欲しいという、地元に住む人こそが抱く思い。
かたや、名所巡りよりは面白いと思ったところで気ままに過ごしたいという、個人の嗜好優先の思い。
その場で即答するのは難しいと思ったので、時間を改めて話そうと約束して別れた。
眠気も今のところは影を潜めたようなので、宿から歩いていけるヴィルーパクシャ寺院へと向かう。

途中、人混みの中心に巨大なゾウの背中が見える。
近づいていって人混みの一部と化し、ゾウが何をしているのかを見てみる。
鼻でコインを受け取り、それを傍らにいるお世話係の男性に渡し、大きく振りかぶってコインをくれた人の頭に鼻先をタッチ。

これはもしや、ロンリープラネットに記載のあるゾウのラクシュミーによる祝福の儀式?
面白そうなのでぜひやってもらおうと順番を待つことにしたが、タイミング悪く休憩タイムに入ったようで寺院へ引き上げていってしまった。
よし、ならばヴィルーパクシャ寺院の中で祝福を受けようじゃないか。
入場料を払って中に入り、おやつを食べているラクシュミーを横目に寺院の見学をする。
様子を伺っていると儀式を再開し始めたので、1ルピーコインを握りしめて並ぶ。さあ、いよいよだ。
コインを渡す。お世話係がコインの額を確認する。ラクシュミーが頭の上にぼよんと鼻をつける。
硬すぎず柔らかすぎない不思議な感触と、ほのぼのした気持ちの残る、じつにユニークな儀式だった。

儀式は体力回復にも効果があったのかまだまだ動けそうだったので、もう少し外出を続けることに。
寺院の脇の道を行くと、ヘーマクータの丘と呼ばれるところに出る。
ここにもたくさんの岩が転がっていて、間近でその大きさを体感することができる。
しかし、本当に大きいなあ。

川岸を通り過ぎてバナナ畑の細い道の先にあるレストランでランチを済ませたあとには、太陽が猛烈な日差しを発するいちばん暑い最中。
のろのろスピードで歩いている我々とは対照的に、川ではばしばし叩きつけて洗濯する女性に混じって、子供たちがダイブしたり潜ったり、いきいきと遊んでいる。
木陰を見つけて座り、しばらくその様子を見ながら小休止。


さて、遺跡をどうやって見て回るかという手段について、そろそろ結論を出さなければいけない。
オートリキシャーなら安心して効率よく回れるが、果たしてそれが我々にとって最良かどうか。
話し合った末に熱心に売り込みを続ける彼には申し訳ないけれど、すべての遺跡を回れずともバイクで、自分たちのペースで見たいという旨を伝えた。
翌日、メインロード沿いの1軒でバイクを借りて、足取り軽くツーリングスタート。
小回りの効くバイクでよかったね、と言いながら軽快に走っていると、前方に長く急な坂道が現れる。
ぶいーんとものすごくうるさいエンジン音に反して、ちっとも進まなくなってしまったバイクの馬力のなさに、思わず苦笑い。
降りて引っ張ってどうにか坂を上りきり、気を取り直してふたたびバイクにまたがる。
前日までは遠くに見えていた奇岩が、今日はすぐそばを通って眺められるのでそれがいかに巨大かがよくわかる。

舗装道路から外れて土の道へ進路変更すると、バナナ畑や水田の中を抜けるそれは素晴らしい眺めの通りが広がり、ここがハンピ最大の見どころとも言うべきヴィッタラ寺院への近道となる。
周囲の景観を楽しみつつゆっくりめに走っていると、おや、何かいる。まずい、踏みそう。
あー、やっちゃったかも!
慌てて後ろへ駆け寄ると、こちらの心配などよそにのんびり歩くカメレオン。
足を出そうとしてはちょっと引っ込め、まるで助走をつけるかのようによいしょよいしょと横断中。
ペットショップや動物園以外で初めて見たカメレオンの出現に興奮し、しばし観察。

両脇に等間隔で石柱が並べられた長いまっすぐな1本道を気持ちよく走り抜けると、ヴィッタラ寺院に到着。
入ってすぐのところには、かつてはちゃんと車輪が動いたというすべて石製の大きな馬車がある。
軽く手で触れるだけでは飽きたらず、はしごを登ろうとして警備員に怒られている人もいたが、実際に中がどんな風になっているのか気になる気持ちはよくわかる。
寺院内部には彫刻の見事な柱のオンパレードで、よく見るとそれぞれ違うモチーフが彫られている。
16世紀につくられたというのが信じられないほどの保存状態のよさに、つい実際に触って確かめたくなる気持ちをぐっとこらえて、顔をせいいっぱい彫刻に近づけて鑑賞する。
どうやらこの中には叩くと音が鳴る柱というのが存在するらしく、うっかり壊してしまってはいけないから誰かが試しているところを見られればと思ったが、現在は叩くのを禁止されているようでその音を聞くことは叶わなかった。

それからバイクでしばらく行ったところにある、王宮地区へも足をのばす。
遺跡が広い敷地内に点在しているが、どうにも暑くてすべてを見ていたら干からびてしまいそうなので、気になったポイントのみに立ち寄ることにした。
複雑に入り組んだ城壁に囲まれたゼナーナ区画内の、かつて本当にゾウが住んでいたゾウ舎に展示されたさまざまな神の石像や、優美なラインがかわいらしい宮殿のロータスマハル、小さなチャンド・バオリーのような階段井戸。
そのどれもが確かに見事で、見応えは充分だった。

しかし、今回のツーリングでいちばん楽しかったことはと言えば、奇岩のあいだやバナナ畑のあいだを突っ切ってのんびり走っているときに見えた名もなき風景であり、のんびりした村の空気だった。
これでもう少し暑さがマイルドだったら本当に言うことなしの、最高の1日に大満足。
でも、次にバイクを借りるときにはもっと馬力のある、ちゃんとバックミラーのついたものがいいな。

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2009.4.18 ハンピ / Hampi

Join the discussion 2 Comments

  • nakano より:

    ハンピに到着ですか。私が南インドに行った時にパキス
    タンで知り合った子(ゴアへ旅行中)と待ち合わせた
    のもハンピでした。なつかしぃ~。
    私は自転車でうろうろしてました。途中でモンキーバナナ
    もらったり、ガンジャ勧められたり、インド人観光客と
    一緒に写真撮られたりしたましたわ。(笑)

  • かな子 より:

    ■nakanoさん
    ハンピで待ち合わせ、渋いね(笑)。
    もっと涼しい時期なら自転車のほうがいい運動になるだろうけど、今そんなことしたら干からびちゃう・・・。
    回っている欧米人もいたけど、顔は真っ赤で汗だくで、サウナに入っているみたいだった(笑)。
    そうそう!
    インド人観光客の集団になぜか囲まれて、写真いっしょに撮ってくれだの、握手を求められたりだの、謎のスター扱いに驚いた!

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