いよいよカッチ地方の少数民族の村へ向かう。
前日、警察署で村を訪れるための許可証を無事に発行してもらえたので、その夜はブジの北約80kmに位置するビレンディアラという村に一泊することにした。
この辺りはバンニと呼ばれる地区で、パキスタンとの国境に近いため許可証なしでの訪問は許されておらず、途中には警察官が待機して見張りの目を光らせている。
とは言っても、ドライバーはすでに顔なじみのようで、二言三言何かを話してそのまま通過。
案外あっさりとした警備だった。
ビレンディアラの村には宿はないので、民家の一室を間借りする。
食事もここで済ませるので、ちょっとしたホームステイ気分。
主食となる薄焼きパン、チャパティ作りのお手伝いをしたらかえって足手まといになったが、不格好な形をささっと器用に麺棒で伸ばしてきれいな円形に仕上げて焼くといい匂いがしてくる。
焼きたてをつまみ食いすると、香ばしくてほのかに甘くておいしい。
すでに準備済みのおかずをよそってもらい、満点星空の下、心地よい風に吹かれながら屋外で夕食タイム。
素朴だけれど、とても豪華なシチュエーションでおなかも心も満たされる。
食後にはそのままそこにごろんと寝転がって星を眺める。
そんな我々を取り囲むように座って、談笑する一家とドライバー。
あぁ、本当に気持ちのよい夜だなぁ。
。
まだ夜が明けて間もない青い空気の残るうちから、皆起きて家のことをしたり、小さい子の遊び相手になったりしている。
入れてもらったチャイをすすりながらボーッとしていると、ちょっとこっちの部屋へ、と手招きされる。
中には壁沿いにたくさんの積まれた布があり、ミラーを縫い込んだ細かな刺繍が美しい、ここの女性衆の手仕事の成果だという。
どこからか大きな衣装ケースを引っ張り出してきて、中身を見せてくれる。
そこには特別な日に身につける豪華な衣装やアクセサリーが大事に入れられていて、それを取り出しては見やすい地面に並べていく。
ほら手に取ってみて、とひじ近くまで覆うブレスレットを渡されると、いやはや重い。
次はこのアクセサリー、こっちの衣装も、なんてやっているうちに、そのまま着付けが始まってコスプレ状態に。
彼女たちに比べると明らかに着慣れていない感が漂っているためか、あははと笑われてしまう。
ほかにもラッシー作りを見せてもらったりしていたら、予定よりも出発が遅くなってしまった。
スピードアップしないと小カッチ湿原での時間がなくなってしまうので、慌ててお別れを告げて次の村へ。
ホドゥカと呼ばれる村では、同様に刺繍などの手工芸を生業としている。
とある一軒におじゃまするなり、製品のお披露目会がスタート。
これいいでしょう、こちらもいかが? と熱心に勧めてきて、ネックレスや髪飾りをどんどん試着させていく。
残念ながら好みではなかったのでお断りすると、さっさと片付けに入る。
髪飾りが髪の毛に絡まったまま引っ張るものだから、思わず「イテテテテテ」と叫ぶと、周りにいた子供たちも面白がって「イテテテテ」と真似をする。
恥ずかしいやらおかしいやらで笑うと、彼らもおかしそうに笑う。
もうほかの村を訪れている時間がないので、近隣の村から布や刺繍を仕入れて加工・販売をしているセンターや、機織りの作業場へ立ち寄り、湿原へと急ぐ。
往路よりもだいぶ速いスピードで、休憩も取らずに飛ばし続ける。
さすがにドライバーにも疲労の色がうかがえ、ときどき首をこきこき動かしている。
終始無言のままの車内、夕方までに到着しますようにとひそかに祈る。
だいぶ日も傾いてきた頃、ようやく目途がついたのかドライバーが「もうすぐだよ」と微笑みながら話す。
なんとか間に合ったと安堵したのも束の間、湿原へ行くのにかかる費用が予想以上に高いことを知らされる。
いくらなんでも今回は散財しすぎだからあきらめようか、でも間に合わせようと頑張ってくれたドライバーになんて説明しよう、とこそこそ話しているうちにツアーを敢行しているオフィスに到着。
再度料金を確認してみて、高すぎたらやめようと話し合ったはずなのにふたりともどうにもあきらめきれず、けちけちするより楽しむことを優先することにした。
ここでは約5000羽の鳥が見られる地域もあることを聞かされて心が揺さぶられたが、当初の希望通り塩の大地へ。
オーナー自ら運転するジープで、でこぼこの砂道を両脇に生えているとげのある木にぶつかりながら進む。
だんだん草や木が少なくなり、視界が開けてくると砂っぽい地面から白いものが混じるひび割れた地面に変わってきた。
前方にはこの辺りに生息するアジアノロバが数頭見えて、ついに小カッチ湿原に辿り着いたことを示している。
と、急にジープが動かなくなった。スタックしてしまったらしい。
「悪いけど押してくれないか」という要請により車を降りると、ぬるぬる滑るし、ぬかるんでいてずぶずぶ足が沈むし、思うように足が進まない。
湿原なのでちょっとでも雨が降ると、このように足場が非常に悪くなるのだ。
今はあまり雨の降らない時期なので地面も割と乾燥しているが、4月以降は徐々に雨が多くなり、そうすると大きな池のようになって車が走れなくなる代わりに、船を使って行き来するそう。
やっとのことで脱出し、安全な場所に車を停めたらアジアノロバにそーっと近づいてみる。
もう少しでちょうどいい距離で写真が撮れそうだと思うと、こちらを一瞥してささっと逃げてしまった。
ふたたびジープに乗ってより広い場所を目指し、到着したらエンジンを切ってしばらくこの広大な空間を堪能する。
ちょっと走ったところでエンスト。
キーを回すと鈍い音はするものの、一向にエンジンがかかる気配がない。
はるか遠くに小屋らしきものは見えても人がいるかどうかまではわからないし、いたとしても直せる保証もない。
まさか、今夜の寝床、ここ? 心臓がどきどきし始めた。
時折様子を見ながらエンジンをかけるオーナー。うんともすんとも言わないジープ。
あぁ、電車のチケットももうすぐ紙くずだ……と絶望しかけていたら、ようやくエンジンが息を吹き返した!
そろそろ戻らないといけない時間だったが、「もう少し行くと、もっと木や草のないエリアになるよ」という言葉に負けて、あと少しだけ先に進むようお願いする。
次に車が停まったところは、見渡す限りの地平線が広がる場所。
5分だけここで降りていいよというので、急いで降りてびゅーびゅー風の吹く中を見回してみたり、地平線の向こうに沈みつつある夕日を眺めたりする。
風が止むとぱたっと音が消えて、常に騒々しいインドにいることが信じられなくなるぐらい、喧噪とはまったく無縁の、穏やかな静寂に包まれる。
すごい、本当にすごい。
短い時間だけど、ここに来て本当によかった。
完全に暗くなってからオフィスに戻り、オーナーと握手をして別れ、100km離れたアーメダバードへ戻る道を爆走する。
残された時間は2時間、電車に間に合うかどうか非常にぎりぎりの時間。
追い越しを繰り返し、途中渋滞に巻き込まれてひやひやしたが、なんとか15分前に駅前までやってきた。
精算を済ませてドライバーに心からのお礼を告げたら、もう出発5分前。
バックパック担いで大慌てで走り、電車に飛び乗った。
たった2日のあいだに、とにかくさまざまな出来事に触れた。
素晴らしいドライバーと各地で出会った人々のおかげで、心ゆくまで楽しめた。
インドに来てからこんなに充実した時間を過ごせたことに、とにかく感謝の言葉しか出ない。
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2009.3.28 ブジ近郊と小カッチ湿原 / Bhuj & Little Rann of Kutch
2,3か月その辺を旅して民族の人の写真撮って、根こそぎ布を買ってきたい…。
本当に美しい民族衣装だね!
昨日、赤レンガで開催中のアフリカンフェスに入ってきました。
アフリカの布地とはまた全然違う!
どこの国も民族も、自分たちのカラーを最大限に出して本当に美しいものを作るな~って実感です。
かなこさん、似合ってる◎
そこにいても全然違和感ないですよ~!!!!
はじめまして、こんな素晴らしい旅行記、久しぶりに見ました。インドは北極から熱帯まですべての気候があると聞きましたが、カッチ湿原ってこんなところですか。驚きです。それにしても、砂漠や湿原などの単調なところは、婦人の服のあざやかな色や模様が素晴らしいですね。こういう不毛のところにも人が住んでいるというのも驚きです。ほかの紀行文もゆっくり拝見します。よろしく。
■ガクさん
それでも、やっぱりうまい人、あまりうまくない人っていうのがいるみたい。
ガクさんがいたら、その辺をしっかり見極められたんだろうなぁ。
ぜひ次回インドに行くことがあれば、この村々も候補に入れてね。
■ちゃきさん
アフリカンフェスタ行ったんだー。
去年、私も行きました。
謎のアフリカ料理を食べたりライブを見たり、楽しんだよ。
さて、同じ原色を使うにしても、インド(やほかのアジア)・中南米・アフリカってどれも違う印象なんだよね。
でも、うまく自分たちの肌の色にぴったり合うものを取り入れてる気がする。
日本人に原色は、ちょっときつい場合があるからね。
とか言いつつ、ばっちり原色のコスプレを楽しんじゃったけど(笑)。
■随念院さん
こちらこそ、はじめまして。
インドは国土が大きいだけに、気候はバラエティに富んでいますね。
現在滞在中のムンバイは33度(湿度80%なので、日本の夏に似ているかもしれません)ですが、バラナシは約40度、北のほうのスリナガルあたりは約15度みたいです。