10年前の、届かなかったメール

2019/05/17
bus_1997

ゴールデンウィークの良く晴れた日。
墓地の入口近くにある店で花を買い、その奥の方にあるはずのお墓に向かう。

彼が亡くなってから10年が過ぎていた。
やっと来ることのできた墓地はあまりにも広すぎて、さっきの店で自転車を借りることにした。

広大とはいえ、自転車なら割とすぐ着くだろう。
それまでに気持ちの整理がつかないかもしれない。失敗したかな、と思った。
ところが、予想に反して見つけるのに難儀した。番地が規則的ではないのか、聞いていた番号を探してもわからずに右往左往。
この辺のはず、と思った場所をくまなく探し回り、整備をしている人が見えたので尋ねようかと思ったところで、目当ての番地の標識の存在に気づく。
その横には探していた「○○家」と書かれたお墓があった。
名字は同じ。でも、確信が持てない。
近づいて墓標を見たら、ちゃんと彼の名前があった。
見つかった安堵感と、見つけてしまった、というなんとも言えない気持ちと。
10年も経つのに、彼の死をまだ受け入れられずにいたのかもしれない。

最初に会ったのは、1997年3月のインドで、だった。
ヴァラナシからネパールへ向かうバスでいっしょになり、話してみたら同じ大学に通う先輩だとわかった。年こそ違えど、お互いに三度の飯より旅と音楽が好きという共通点があって、すぐに意気投合。
日本に帰ってからもよく会って、旅と音楽の話で盛り上がった。
チベットに行きたいと言い合ったり、その頃一部で流行っていた60年代のソフトロックをいっしょに聴いたり。テクノなんかは、当時あまり聴いていなかったものの、彼からいろいろ教わった。
共通の話題が多く、お互いに刺激を受けて与えて、の貴重な友人とは、就職してからも、結婚後は双方の奥さんを交えて、ずっといい関係を築いてきた。

最後に彼と会ったのはいつだっただろう?
Gmailで彼の名前を検索してみる。
すると、2009年の3月にインドからメールをしていたのがわかった。

「どうもどうも、スミサト@ムンバイです。
どうやら電話を頂いたようで。
ちょうど高速みたいので移動中で、気がつかなかった、ゴメン。
インド、ヤバい、楽しいよ。3回目でも新たな魅力が沢山!
まだブログに出来てないんだけど、パキスタン近くの小さな村に行ったんだけど、そこがすこぶるヤバかった。
少数民族みたいな感じなんだけど、衣装はステキだし、人は優しいし、最高だね。
元気にやってる?
近況を教えてね。
今年の夏こそ別荘へ!」

そうだ。彼の実家の所有する別荘に行こうと何度か話題になっていて、いつか行くのを楽しみにしていた。
しかし、そのメールに返事は来なかった。
帰国後にも連絡したが、一向に返事をよこさない。
そうそう、いつも返事は遅いし、約束の時間には遅れるし、ちょっとルーズなんだよ。社会人になってからは、なんだか忙しそうだったし。
まあいいか。
そう思って、それ以降こちらからは連絡をしなかった。

インドの旅から3年後のこと。
ちょうど彼が仕事をしているお店の近くに行く用事があった。
いきなり訪ねて「何度も連絡したのに、返事ぐらいちょうだいよ」って言ってやろう。まだ会わせていなかった息子にも会わせよう。

お店に入って、スタッフの人に「○○さんはいますか?」と声をかけると、「えっ……」と言葉に詰まった様子。そして、3年前に亡くなったことを聞かされた。
まだ30代前半なのに?
その後、インドに電話をかけてきてくれたのは彼の奥さんだったと知った。

お墓の前に立ち、来るのが遅くなったことを侘びた。

いまどきの旅は、宿を予約サイトで押さえてから行くんだよ。飛び込みで探すより楽で確実だぞ。知らないだろう。
いまもいい音楽が世の中には溢れているけど、それだって知らないだろうな。

この10年、いろんなことがあったなあと振り返ってみて、その10年の間の出来事を何も知らないのかと思うと、どうしようもない気分になった。

再会するのはまだまだずっと先のことになりそうだが、話したいことがたくさんある。
ただ、これからもあちこち旅に出るつもりだし、音楽だってずっと聴き続けるから、さらに話題が増えるのは確実だ。
彼への土産話は、どんどんどんどん増えていく。