南米大陸を南下中、仲良くなったフランス人老夫婦から、「すっごくいい景色が楽しめるから!」と教えてもらったルート上にあったのが、ロス・アンティグオスだった。
ガイドブックには載っていない田舎町で、ネットで調べて唯一わかったのが、チェリーの名産地だということ。
とくに見どころもなさそうだし、おいしいチェリーを思う存分食べたら早々に出発しようと考えていた。
ところが、次の目的地に向かうバスは2日後でなければないという。
しかも、お目当てのチェリーは12月下旬から1月下旬が最盛期。3月はとっくにオフシーズンで、新鮮なチェリーはどこにも並んでいなかった。
町の中はほぼ歩き尽くした。ネットでの調べものも終わった。
あとは、やることがない。
さて翌日。
どうやって暇をつぶそうか、朝食を食べながらぼんやり考えていたら、宿のオーナーのおじさんから声をかけられた。
「農場に散歩に行かないか」
なんでも、おじさんは農場主でもあるらしい。
出かける支度を済ませて、おじさんのところに行く。
さあ出かけよう、と車に乗るように促されたけれど、おじさんがジョークを飛ばしているのかと一瞬考えてしまった。
というか、冗談であって欲しかった。
フロントガラスには銃弾の跡みたいに割れている箇所があり、さらに大きなヒビも入っている。
ドアはどれ一つとしてまともに閉まらない。
後部座席の内側ドアに縛り付けてあるロープを、助手席に座った人が走行中ぎゅっと握っていなければ、勝手に開いてしまう。
それでもなぜか、ちゃんと走る。
人生史上もっともボロい車で、いざ農場へ。
が、しばらくすると、後ろからガラガラと変な音が聞こえてきて、動かなくなってしまった。
車の下をチェックすると、何らかのパーツがはずれかかって地面を擦っていたことが判明。
おじさんは車を降りると、どこかからワイヤーを調達してきて、応急処置をした上でふたたび車を走らせた。
農場は町はずれの、川のほとりにあった。
おじさんは「mi paraiso(私のパラダイス)」だと言う。
大切な場所だから、奥さんを連れてくることはないらしい。書斎みたいなイメージだろうか。
小屋の前まで来ると、2匹の犬が大喜びで飛びかかってきてお出迎え。
はしゃぐ犬たちを横目に、おじさんはさっさと作業に取り掛かる。
まずは豚の餌やり。
肥料に水を混ぜて、食べやすいようドロドロにした餌を豚小屋に置いた途端、目的物に向かって我先にと突進する豚たち。戦いだ。
近所の子どもが乗りに来るということで、次は乗馬の準備。好意で、ちゃっかり乗せてもらった。
それから畑の草むしり。
取り終わった雑草は豚の餌に混ぜる。そうすると、おいしい豚肉になるのだそう。
本日のTO DOを終えたら、農場をぶらつく。
途中、空き地に馬がぽつんと佇んでいるのが見えた。
そこは休閑地。
馬は自由きままに動けるわけではなく、地面に刺してある一本の棒にロープでつながれていた。
生えている雑草を食べて、ふんをする。それが土地の肥やしになる。
食べるものがなくなると、棒の位置をずらして移動。それを繰り返す。
馬がすべてを食べ尽くしたら(そして辺り一面ふんだらけになったら)、土を耕してまんべんなく混ぜる。
おじさんはこれを、オーガニックだと笑って説明してくれた。
その後も場内を歩きながら、植えられているハーブのこと、飼っている動物のことをいろいろと教えてくれた。
実は農場に着いた後、結構ガッツリ手伝いをさせられたもんで、「いいように使われているじゃないか」と訝しんでいた。
でも、次の街へのバスを待つあいだ、何もやることがない旅人の暇つぶしのために農場に誘ってくれたのだろう、きっと。
車はオンボロ過ぎるし、鼻毛もたくさんはみ出ているおじさんだが、農場のことを説明する姿は心の底から「かっこいい!」と思えた。
帰り際、おじさんはもう一度、「mi paraiso」とつぶやいた。