鎌倉の自宅を15日の20時20分に出て、カサブランカの宿に着いたのが現地時間17時50分(日本時間17日深夜2時50分)。
ドア・ツー・ドアで30時間半もかかる長い長い移動だった。
「モロッコは本当に遠いよ」と何度も話し、ドーハで飛行機を乗り換えたら何時間か待たなければいけないなど、経路について詳しく説明したことが功を奏したのか。
それともゲームやアニメといった、カタール航空の機内プログラムが充実していたからなのか。
まあとにかく、チビオト(4歳7カ月)はあまり文句を言うこともなく、体調も崩さずに無事に辿りつけてとにかくホッとしている。
モロッコ初日のカサブランカは夕方に着いたこともあり、宿の周辺を散策して終了。
翌日は朝から5時間かけて電車移動だったので、モロッコにいる実感をじわじわ感じたのが2日目の夕方になってから。
先に触れたタンジェの街中を歩いているときから、だった。
19年前のタンジェは悪名高き街だった。
モロッコに、アラブ社会に、アフリカに慣れていない人たちとヨーロッパをつなぐ、まさに玄関口。
街の悪党たちにとっては、不慣れなツーリストは格好のカモだっただろう。
でも、治安が悪いからと素通りするにはもったいないぐらい、魅力あふれる街でもあった。
その証拠に、ポール・ボウルズ、バロウズ、ギンズバーグ、ケルアックにローリングストーンズなど、たくさんのアーティストもこぞって訪れていたという。
その逸話に惹かれてやってくるという人も、未だにたくさんいる。
モロッコ行きを決めた当初、タンジェは今回のプランにはなかったが、旅のルートを練っていくうちに立ち寄るほうがよさそうだということになった。
せっかく再訪できたのだから、アーティストたちの溜まり場だったcafe hafaに行ってみようか。
気軽な気持ちでタクシーに行き先を告げた。
車を降りてから、白い壁が連なる細い下り坂の道を駆け下りていき、眼下に海を望むカフェまでやってきた。
階段上に連なるたくさんの席は現地の人々で埋め尽くされ、ちょうど帰る人がいて席が空いたのはラッキーだった。
オーダーしなくてもミントティーが運ばれてきて、その場でお会計を済ませ、肩を縮めながら真正面に広がる海と、対岸のスペインを眺めてぼんやりする。
今回の旅で、やっと一息つくことができた。
日が暮れてきたので、のんびりティータイムは終了。
タクシーを拾いに歩いていると、チビオトがネコを見つけて、少し離れたところから様子を伺っている。
触りたいなあ、でも触っちゃだめって言われてるからなあ。
ネコ好きなのは知っているが、野良の動物を気軽に触るのはよくないと何度も言い聞かせていたから、じわり、じわりと徐々に距離を縮めていく様は、そんな彼の心の中を表しているかのようだった。
と、近くにいたおじさんが「こうやって触るといいさ」と言わんばかりに撫でてみせた。
モロッコの人は子どもに興味を持って接してくれて、とにかくかわいがってくれる。
チビオトのぷくぷくしたほっぺを見て、何人もの人がぷにぷにつまみ、モロッコ女性からは何度も熱烈なキスを受けた。
その度にうれしいのか、恥ずかしいのか、ちょっぴりイヤなのか、はにかみ笑いを浮かべるチビオト。
子どもと旅していると、こちらが何かアクションを起こさなくても、向こうから楽しいネタを提供してくれる。
長い電車での移動、cafe hafaの開けた風景、カオス状態で完全に迷路なメディナの散策、夕飯でやっとありつけたおいしいモロッコ料理。
旅のスイッチが完全にONになる。
そして、タンジェの印象が、よりうれしい思い出として新たに塗り替えられた。